5年ぶりの日本帰国

こころの話 海外生活 義足 膠原病

5年ぶりの日本帰国に思うこと~膠原病再燃と右足切断を乗り越えて生きて家族に会えることは奇跡

Sponsored Link

ハロー!うくれれです。

 

あと数日で日本に一時帰国することになっていて、毎日ワクワクドキドキしながら過ごしている今日この頃。

 

日本に帰るのは実に5年ぶりということで、この5年間に起こったいろいろな出来事を振り返り、帰国に込めたいろいろな思いを綴ってみようかなと思います。

 

5年ぶりの日本帰国に思うこと~膠原病再燃と右足切断で命の終わりを覚悟した日々

生きている意味が分からない

 

ニュージーランドに移住してきたのは2008年8月のこと。

 

両親など家族にあまり会えなくなるというのは覚悟の上でしたが、やっぱりさみしくて。

 

せめて一年に一度くらいは会いたいと思い、「里帰り」としてほぼ毎年一時帰国していました。

 

子供が生まれてからはさらに自分の家族の存在がおおきくなり、日本のジジババに子供たちを会わせてあげたくて、本当に楽しみにしていました。

 

下の子が3歳になる年の4月、毎年恒例の日本帰国があと1か月と迫ってきていたころ、いままで調子がよかったはずの膠原病が大爆発。

 

日に日に体が弱っていき、しまいには立つこともできなくなり、夜中に救急で病院に駆け込みました。

 

病院についてから両足の痛みがこらえきれないほどになり、全身ががくがく震え、喋ることもできないほどになり、医療用モルヒネでやっと落ち着いた時の光景を今でも鮮明に思い出せます。

 

翌朝病院のベッドの上で目を覚ますと、両手首から先、両足首から先を全く動かすことができず、脚全体はしびれがひどくて触られるだけで激痛が走るような状態に。

 

昨日まできちんと動いていた手足が、朝起きた瞬間に動かなくなるという衝撃的な体験をしました。

 

入院さえすれば安心という期待とは裏腹に、収まらない痛み、どんどん弱っていく体、一向に始まらない治療で病状は悪くなるばかり。

 

目前に迫っていた日本帰国のためのチケットは、病院のベッドの上でキャンセルの連絡を入れました。

 

毎日続く検査のために、二つの病院を救急車に乗って行ったり来たり。

 

食事をする気力も、そばについてくれる旦那と喋る元気もなくなっていきました。

 

坂道を転がるようにどんどん体の機能が低下していき、病室のカーテンの柄をぼんやりと眺めながら「人間の命が終わる時って、こんな感じなのかな・・・」という思考が頭をよぎるまでになりました。

 

右足に血栓が見つかり、血液が通っていないことが判明。

 

血液の流れをよくする点滴をずっと入れつづけ、詰まっている血管を広げて血栓を取り除く手術も受けましたが、血流は復活せず右足を切断することになりました。

 

切断の話が出てきたころには自分の体力も気力も限界で、痛みで眠れない日々が長く続いたことから、切断すると言われても「仕方ない」と納得するほど疲れ切っていました。

 

右足を切断した後、下降線をたどっていた病状がぴたりと止まり、徐々に回復へと傾いていったのです。

 

私の右足は、自らが犠牲になることで、私の命を救ってくれたんだと、今でもずっとそう思っています。

 

命がなくなると思ったあの日、旦那にもし私がいなくなったら・・・という遺言めいたことも伝えました。

 

でも、あの時本気で諦めなくてよかった。

 

5年越しの帰国を目前に、心からそう思うのです。

 

支えてくれたすべての人にありがとう!生きて家族に会えることは奇跡

感謝

 

足を切断後、良くなるからだとは反対に「足が無い」という現実を目の当たりにしてどんどん落ち込んでいく毎日が始まりました。

 

入院中も泣いてばかりでしたが、退院してからはさらにうつ状態がひどくなったように感じます。

 

今までと何も変わりない環境の中に、今までとすべてが変わってしまった別人のような自分がいる。

 

世界のなかから自分だけが切り離されたような気持ち。

 

周りの人や物は目に見えるのだけど、手を伸ばしても届かない感じ。

 

現実世界の中にいるんだけど、自分だけガラスケースに入れられていて、二度と外には出られないような感覚がありました。

 

私は全然前向きではなくて、足を失った悔しさをバネに強くなってみせる!なんて微塵も思わなかった。

 

ただ起きてしまった出来事を後悔し、過去に戻ろうとばかりしていました。

 

そんな私でも、優しい人たちが周りに沢山いてくれた。

 

一番そばで、自分の全てをかけて私を助けてくれた旦那。

 

キラキラの笑顔でいつも私に力をくれた子供たち。

 

身の回りのことを世話してくれ、私たち家族を支えてくれた義両親。

 

毎週きまって家まで訪ねてきてくれた大切なお友達。

 

私が何を言っても肯定し、すべてを受け止めてくれた両親。

 

遠い日本から心配してくれていた大切な友達。

 

私の命を助けてくれたお医者さんたち。

 

再び歩けるようにとサポートしてくれた義肢装具士さんやPTさんたち。

 

SNSで体験談を発信してくれている義足ユーザーの人たち。

 

優しい言葉をかけてくれた沢山の人たち。

 

沢山の優しさのおかげで、自分を取り戻し、前に進むことができました。

 

足を切断してから早4年。

 

今回日本に帰国することは、今までの一時帰国よりも強い思いがあります。

 

日本に帰れなかった期間、本当にいろいろなことがあった。

 

この帰国で、私の人生の中の、大きな一つの戦いが終わるような、そんな気持ちがしています。

 

足をなくした自分が故郷の地を踏むのは初めてで、日本についた時にはまた違った感情が生まれてくるかもしれません。

 

でも、こうしてまた元気になって、生きて故郷に帰れるのは本当に素晴らしい奇跡だと、心から思っています。

 

日本に帰ったら、元気いっぱいに歩いている私の姿を、お父さんとお母さんにちゃんと見てもらいたい。

 

色々あったけど、しっかり乗り越えて、自分の人生を、自信をもって歩んでいることを知って、安心して欲しいなと思います。

 

そして、生きていること自体が素晴らしい奇跡だということを忘れずに、さらに前進していきたい。

 

沢山の人達への感謝の気持ちを忘れずにいたいと思っています。

おわりに

この帰国で、私の人生の一つの章が終わる感じがします。

 

堂々と胸を張って故郷に帰ることができる、自分を誇らしく思い、帰国中は欲張ってやりたいこと、行きたいところ、会いたい人、全部やり遂げるつもりです。

 

しかし5年ぶりの帰国って、浦島太郎もいいところ。

 

消費税が10%なのもさっき知ったし、いろんな逆カルチャーショックを体験できそうですごく楽しみ!!

 

Sponsored Link

Sponsored Link

-こころの話, 海外生活, 義足, 膠原病

Copyright© Hello Ukulele , 2022 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.